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2017年5月

子どもの日

子どもが生まれて4か月経ちました。


妊娠した頃から,
強制的に生活スタイルの変化を求められ,
諦めることも多くあったけれども。

出産は,まさに自分の身体の半分を削ったような,
圧倒的な経験だったけれども。

待ったなしで始まった子育ては,
自分の鼻をへし折られることの連続で,落ち込んだり。
本当に世の中のお母さん方に対しては,
尊敬のまなざし,感服しきりなのだけども。



自分が予想していた以上に,
「子育て」にハマっています。



まず,娘の反応,変化,成長が一つ一つ興味深い。
分からないまま育児が始まって,
モノの本や先輩ママ談を参考にしつつ,
本当にそうなるのかな,と半信半疑で取り組んでいると,
結果,教えてもらった通りに落ち着いてほっとする,
っということの細かい繰り返しです。
この,試行錯誤と答え合わせ,みたいなことが案外面白いです。



そして,子どもが本能のままに生きているように見えて,
少しずつ社会性を本能的に身につけていっている変化も
面白い。



こんな小さな子どもなりに,
ママのにおい,ママの気配の有無を感じ取って,
泣いたり,落ち着いたりしているのが,すごいな,と思います。


併せて,妊娠出産とその後を通じて,
自分が「動物」であることを
これ以上なく意識させられました。
子どもが母乳を吸って,
自分の身体が回復していく,というメカニズムとか,
こういった「化学反応」がとても興味深くて,
子どものおかげで自分が活かされているという感覚。


子どもと毎日添い寝していますが,
怖い夢から目覚めた時に,
隣で布団を上下させて鼻呼吸して寝る子どもを見るときに,
言いようのない安堵感があります。
この子が唯一無二の真実であることを感じる瞬間です。


そして,子どもは,
人の関係性に大きな変化をもたらす起爆剤だと実感します。

先日まで長めに実家に帰っていましたが,
子どもは,その小さな身体にかからわず,存在感バツグン。
家族みんなの愛を一身に集めていました。

コマンドが,「泣く」「手足をバタバタする」
「眼で追う」「時々笑顔」くらいしかない赤ちゃんが,
大勢の大人をハラハラ大騒ぎさせ,
声のトーンや言葉使いを変化させ,
みんなに笑顔をもたらしました。

家族みんなが赤ちゃんを中心とした言動をとることを喜びとし,
幸福感に満ちた時間が流れました。
私が受けた「子育て」にも話が及び,
自分の記憶がない生後数年間の期間にも
大きな愛を受けてたことを感じました。



子どもには,本当に良い経験をさせてもらっていると感じています。


この赤ちゃんの存在感の大きさに鑑みれば,
子どもは,生まれた時から
しっかりと自分の役割を果たしているのであり,
「自立」している,と感じます。
子どもを濫用してしまうような人に対しては,
子どもはその立場で自立しており,尊重される存在であることを,
今一度かみしめてもらいたいです。
子どもの人権を考える,そんな子どもの日です。
 


それにしても,仕事もしたいし,「子育て」もしたい。
もっと子どもを連れて仕事をすることが受け容れられ,
もっと子育てと仕事が一体化してしまえばいいのに。

たとえば,背中に子どもを背負って,
データ入力とか,レジ打ちの仕事をすることが許容されたらいいのに。

私の仕事でいえば,たとえば弁論準備期日なら,
幼児同伴でも違和感なく受け入れられるとか
なってくれたらいいのになぁ。
働き方改革が法曹界でも推進していくといいなと思います。
あ,でもこの発想は,保育所に預けることができないから,
ということに起因していますね。
待機児童解消が早急に実現してくれることを
切に願います。
そんなことを我が事として考えらるのも,子どものおかげです。


子どもへの感謝を綴る,そんな子どもの日です。

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