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2012年2月

「生きている図書館」~Living Library~

2月18日は,APIS(アピス)が主催した
「子どものとき言えなかったこと
~REAL VOICEからの報告~」のシンポジウムに行ってきた。

『NPO法人暴力防止情報スペース・APIS』はこちら↓

http://www.apis-npo.org/




生きている図書館~リビングライブリー~とは,

『人間が本になり,読者と会話をします。
生きている図書館の「本」はよく偏見やステレオタイプで
見られていて,差別にぶつかったり,
社会的排除されやすいグループを代表しています。

「生きている図書館」では「本」が話すだけではなくて,
読者の質問に答えたり,
「本」も読者に質問することができるので,
お互いに学ぶことができます。』


つまるところ,狙いは,自分の偏見に出会うことにある。


この日,お話をうかがったのは,
『本』として,BOOK LISTに入っている
(ブックリスト・参照↓

http://www.apis-npo.org/pdf/20110820booklist.PDF )

新井知恵さん
 パーソナルサポーター
倉田めばさん
 大阪DARC Freedom代表

のお二方でした。


「本」の紹介は以下のとおり

新井知恵さん
タイトル:「タイガーマスクの育ったところ
~児童養護施設で育った若者の生き方に出会う~」
本の紹介文:5~14歳まで,児童養護施設で育った。

倉田めばさん
タイトル:「薬物を使い始める前,私には助けが必要だったが,
どうやって助けを求めたらよいのかわからなかった」

本の紹介文:「親の製作したウルトラ良い子ロボットである私,
息がつまりそうな優等生生活。14歳の時,私はトイレの壁にもたれたまま,
シンナーの入ったビニール袋の中でやっと息を吹き返しました。
口にあてがった袋を持つ手は両手の祈りの形をしていました。
(やっと悪い子になれた)私は自分を壊すことでしか,
親のコントロールの手から逃れることができなかったのかもしれません。」



お二人のお話から共通して感じたのが,

マイノリティの人には,
世の中から期待されている役回りがある,ということであった。

お二人は,TVの取材を受けた時の話や,

講演を受けた時の話を披露してくれた。


新井さんの話から。
いつも通り取材中でも,笑って歌っていた。
そうすると「そんなに無理して楽しそうにしなくていいですよ,
もっとまじめにやってください。」という趣旨のことを言われたとのこと。


倉田めばさんの話から。
「14歳で,みんなの中で平気そうな顔をしてるけど,
自分を押し殺して今にも薬に手を出そうとする子がいることに
気づいてほしい。
そのような子に対して声をかけることをしたい,
自分たちがどのように自己肯定感を育んでいってのか,という話をしたい。」
これが倉田めばさんの想いである。

しかし,講演の主催者側は違った。
「倉田めばさんの『体験談』=いかに薬は怖いものか,を話してください。」
という趣旨のことを言われたという。

そこでは,Freedom代表としての話は捨象されていた。
「薬やっても今はこんなに回復できますよ,
というふうに捉えらえられたら困るんです,
薬の悪いところを話してください。」

だめ,ぜったい,が期待されている。




マイノリティの方に,期待される目線がある。
でも,当事者の人の声はちがう。
これをまざまざと感じた。


「本当に必要なものはランドセルじゃないのに」という違和感。
本当に必要なのは,信頼できる大人。
信頼できる大人に出会えるかどうか。

でも,それを前面に出すことはしない。
施設の中で立ち回りがうまくなる。絶対服従の関係をこなすために,
自分に課せられる枠をはみ出さないようにする。



こういう「違和感」を聞き,質問を直接ぶつけことができるる。
これがリビングライブラリーの価値。


私は,唯一無二の存在であるという点で
「マイノリティ」であるという設定をしたうえで,
仮に私が「本」になったら,
どんなタイトルをつけよう,どんな本の紹介文を載せよう。

偏見について気づくきっかけになる何かを語ることができるであろうか。

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セカンド・チャンス!大阪ミニシンポジウム

2月18日午後1時から,
セカンド・チャンス!大阪ミニシンポジウムに出席してきた。

これまでにも何度か紹介しているが,
セカンド・チャンス!は,
『少年院出院者による少年院出院者へのサポートグループ。
セカンドチャンス!は少年院出院者が,
出院後の社会復帰の支えになれるよう
お互い助け合える居場所をつくるための活動を行っています。』
という団体である。

セカンドチャンス!の居心地の良さを感じてほしい。
そんな気持ちで活動している。

この日は,定員いっぱいになりそうなくらい,
沢山の当事者,サポーター,メディアの方が集まった。

この中で,大阪交流会の雰囲気を伝え,
気軽に足を運んでほしい,というアナウンスをした。
また,後半には,「やんちゃな子」の面倒を見ている方の講演もあり,
セカンド・チャンス!とコラボしていこう,という話もあった。
この方の話もとても面白く,トライアンドエラーの過程や
少年とのぶつかり,その中で自分が「気づかされたこと」を,
赤裸々に語っておられた。
同時に,この方にもやはり「原体験」ともいうべき,
中学校のころの経験があった。

質疑応答の時間を活用して,
私は,就労支援についての質問を投げかけた。
三者三様の答えがあり,当事者だからこそ聞けるアドバイスをいただいた。



セカンド・チャンス!の本に登場するような方について,
すごすぎる,と距離を感じる方もいるかもしれない。

しかし,決して,その方々も,
「自分は許されると思っていない,
自分がすごいなんて思ったことはない。」と語る。

自分がモデルになることについて,葛藤を抱えている。
けど,それでも心の底から湧き出る使命感があるから,表に出る。



脱線する話題になるが,
光市母子殺害事件では,死刑判決が確定したら,
各社が、元少年の実名報道に切り替えた。

その説明は,「国家が人の命を奪う死刑の対象が誰なのかは,
重大な社会的関心事」なのだという。

ここに大きな論理的飛躍を感じている。

あなたは,人の名前覚えるのは得意ですか?!
こう聞かれると,苦手,という人の方が多いんじゃないかな,と思う。

他人にとって,本人の名前というのは,それくらいの価値しかないんじゃないか。
つまり,名前そのものは社会的関心事になるわけではない。

もっと世の中が関心のあるのは(あるべきなのは),

この子の成育歴,認知のゆがみ,
この子の更生可能性だと思う。

それを,一団体が,自らの判断で,
少年の名前の公開に踏み切るのは,
時勢に乗っかったリンチのようなものだ。

これは,明らかに
セカンド・チャンス!の人たちが,自ら名前を出して,
顔を出しているのとは脈絡が違う。




奇しくも,私は,今,元裁判官にいただいたこの本を読んでいる。

『裁かれた命 死刑囚から届いた手紙』
著者:堀川惠子

まだ中間地点なので,感想は改めて掲載し,
本を読んだことのある方と語りたいと思っているところではあるが,

「死刑は本来,究極の選択でなければならない。」

もっとも,私は死刑廃止論者というわけではない。
ただ,検察官も,裁判官も,一読する価値のある本だと感じている。

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アクリル板

アクリル板のこちら側とあちら側に
未だかつてこれほどまでに
歴然とした差を感じたことはなかった。

もー何回裁判受けたかわかりません。
もーこの繰り返しですわ。
裁判所で,まさかまたやります,とは言えませんからね。
黙秘権,わかります。調書のこともわかります。

天涯孤独です,ひらがな,かけません。
漢字,なんとなく分かるんですけどね。
掛け算は難しいです。

なんかきっかけないと無理ですねー。


もー本当に,世の中に対する恨み言葉を述べるわけでもなく。
「処理しやすい人」として,
刑事手続の「ボート」に乗って下っていく。
「先生,もうわざわざ来なくていいですよ。」

弁護人にも,特に何も求めない。

ベージュのロングコート,皮のかばん,
黒い革の手袋,スカーフ,ピンピール。

こんな姿で表れ,
ひらがなを書けないことについて,目を真ん丸にした私に対し,

彼の人はどのように思ったのだろうか。




これまで彼の人は,自分のために,
誰かが何かをやってくれる,という経験はあったのだろうか。

怒鳴りつけたい気持ちは生じないのだろうか,
恨みつらみを言う気持ちさえも諦めた。
そんな気持ちも起こってこないように,
経験を積んだのだろうか。

表情は決して険しいものではない。
穏やかな表情をされている。

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光市母子殺害事件 死刑確定

『山口県光市の母子殺害事件発生から13年。
5回の判決を経て、当時18歳だった元少年(30)
の死刑が確定することになった。
「社会正義が示された」。
最愛の妻と幼い娘の命を奪われた本村洋さん(35)は、
厳しい表情を崩すことはなかった。
被告側の上告を棄却した20日の最高裁判決を受けて
同日午後、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見。
「社会の皆さんに関心を持っていただいた。
長い間、裁判を続けてくれた裁判官、検察官、
弁護人にも深く感謝します」と頭を下げた。
「大変満足しているが、喜びの感情は一切ない。
厳粛な気持ちで受け止めないといけない」。
うっすら涙を浮かべ、真剣な表情で判決の感想を述べ、
「死刑について考え、悩んだ13年間だった」と振り返った。
犯行時少年の死刑判決は例が少ないが、一貫して極刑を求め続けた。
会見では「彼が犯したことは許されることではない。
死の恐怖を通して罪の重さをかみしめてほしい」と強く訴えた。
弥生さんと夕夏ちゃんには、21日に墓前で報告する。
事件直後は、家族を守れなかった自分を責め、自殺も考えた。
「時間は最良の相談相手だった」。
怒りの気持ちも年月とともに収まり、冷静に考えられるようになった。』

引用
時事通信 2月20日(月)19時59分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120220-00000123-jij-soci

敢えて,非行少年の更生支援をしている立場から言及すると,
私は,子どもが被害者の痛みをわかるまでに更生することを
目指しているのかもしれない。

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奈良少年院作 カレンダー

さて,本日は大阪弁護士会ブログ「ほないこか」の割当日でしたので,
私の執務ブースに飾られている「奈良少年院作 カレンダー」
について書いています。


http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/72/entry/1199

最近,つとに思うのですが,このブログは,
いろんな方が見てくださっていると感じています。
ありがとうございます。励みになります。

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聴覚障害者が裁判員に

聴覚障害者が裁判員に=手話通訳で初の審理参加―前橋地裁

「前橋地裁で開かれている強盗致傷事件の裁判員裁判で、
聴覚障害者の男性が裁判員に選任されたことが31日、分かった。
男性は手話通訳者を介して審理に参加している。
これまで補充裁判員に聴覚障害者が選任されたケースはあったが、
審理に参加したのは全国初とみられる。

31日は第2回公判があり、被告人質問や証人尋問が行われた。
法廷には社会福祉法人から派遣された手話通訳者4人が配置され、
約15分ごとに交代した。
男性は机を挟んで向かい側に座った手話通訳者を見ながら、
時折うなずいたり、メモを取ったりしていた。
裁判官は被告や証人に対し、発言の際は曖昧な表現を使わず、
質問の後に一呼吸置いてから発言することなどを求めた。 」


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120131-00000122-jij-soci

時事通信1月31日(火)18時59分配信

これは,選任手続後に,聴覚障害者の方がいたから,
それから対応して手話通訳者を手配した,ということになるんでしょうか。


・・・良いです!自分の裁判でもこういうことがあって欲しいと思うし,

本当に,どんな立場にある国民の方でも,
裁判に参加できるように,

裁判員裁判制度が成長していかないといけないと思う。

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全国付添人経験交流集会2012③ 少年を被告人とする裁判員制度の諸問題

2日目は,少年を被告人とする裁判員制度の諸問題
―理論的問題点を中心にーに出席した。
まさに理論的問題が飛び交い,
非常に高度な議論が展開されていた。
考えたことなかった,というような話題もあり
頭の中でストリーミングが起こっているような,
どんどん思考が発展していく感覚だった。

少年法は,非常に解釈が難しい法律である。
解釈に,思惑も大いに反映される。

もっとも,理論と実務のせめぎ合いがあり,
まだ解決されていない部分については,
正面切って裁判所と検察官と対立しなくても,
事実上折り込んで主張していきましょう,というような戦略論も聞け,
弁護人としてはとりあえずそういう姿勢でいいんだ,
と腑に落ちるものがあったのも事実である。

実務から解釈を浸食していくような,弁護人の意気込みの大切さ。
解釈論ばかりを勉強していたころには感じることができなかったものである。

弁護人の実践から,裁判所・解釈論を動かしていこうという
躍動感があった。面白い。自分もその一端になりたい。



議論の興奮は冷めやらず,2日目昼のランチの場では,
地獄温泉めぐりに出かけた大学教授の弁護士の方を囲んで,
大分名物・だんご汁を食べながら,
ゼミみたいな議論を交わした。

「確かに,保護許容性の具体的中身って,はっきりしないですよね~。」とか,
「55条移送の評議はどうやってるんだろう。」とか,話題に上がった。
分科会の議論に照らして,現在少年の裁判員裁判を
担当している先生の実践の話を聞くことも出来,
またこれも有意義な場になった。

それにしても,大阪弁護士会子どもの権利委員会では,
全国トップクラスの話を身近に聞けるという
恵まれた環境にあることを実感した。

旅行中は,いろんな先生方の話が聞けたり,
ざっくばらんに相談ができたり,本当に楽しかった。

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