『ピクサー流 創造するちから』

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私が大ファンの『ほぼ日』で役員をしていた経歴の持ち主
という入りで篠田真貴子さんに興味をもち,
この人が対談しているyoutube動画をいくつか観て,
篠田さんが監訳している
『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』
を読んで
改めて「聞く」ことにトライしたいと思い,
どこかで篠田さんが本を読んで感動して
すぐに取り入れたいと手放しで賞賛していた
PIXARの社風がどんなものか知りたくて,
この本にたどり着きました。



『ピクサー流 創造するちから―
―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法』

PIXARが社員34人の会社から1200人の成長しても

大切にしていることが変わらないことが
とてもステキでした。
会社が大規模になっても,
社員の率直な意見を歓迎していること,
提案できないと感じている人がいたら損失と考えていること,
マネージャーの仕事はその理由を見つけて対処すること,
マネージャーの仕事は社員のアイデアを引き出し,
定期的に貢献を促すこと,
リスクを冒しても大丈夫なようにすること,


組織文化の維持発展のために大切なこと,
集団が機能するための仕掛け,
そしてメンバーが情熱を持って
取り組むための仕掛け,
集団の真理をおさえながら,
絶えずバランスをとることが必要なこと


読みながらメモをとった部分で紹介したい箇所はこちら


◇失敗と恐怖心

「失敗に対する見方を変える必要がある。
失敗は,対処の仕方次第で成長するチャンスになる。
まちがいは必ずしも悪ではない。悪でも何でもない。
まちがいは,新しいことを試みたすえの当然の結果だ。
だからあおの価値が認められるべきだ。
それなくしては,独創性はない。」

「自分の作品が批評にさらされ,挙句の果てに欠陥を指摘されて
うれしいかというとそうではない。
だが彼は,「失敗する可能性」に早めに対処し,
苦痛を成長に変えるメカニズムを探ろうとしている。
できるだけ早く失敗しようとするのは,
短期間で学ぼうとする前向きな姿勢の表れだ。
それを躊躇なくやっている。」

「失敗は学びと探索の表れ」

「失敗を厭い,ミスを回避しようとするのは,
高尚な心構えのように聞こえるが,
根本的にまちがっている。」


個人的にはスティーブジョブズの人となりに触れた
最終章が印象的でした。

次に読む本はこちらです。
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『助けてが言えない 子ども編』

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子どものSOSをキャッチできないのは支援者の方の課題。

自傷行為,ODに込められた
子どもの自己救済の試み,SOSのサインを
そのままキャッチできるようになりたい。
それらは,反省を求めるべき迷惑行為ではない。

そのサインに対して,その子に合った支援を
チームでできるようになりたい。

自分の子どもが自傷行為,ODをするに至っていて,
すごく傷ついている親の気持ちも受け止めたい。

環境的要因,心理的要因,
アセスメントとプランニングを
チームとしてでできるようになりたい。

 

たくさんのヒント,たくさんの真理(心理)が
言語化された本でした。

 

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【オピニオンスライス】作家 岸田ひろ実さん、岸田奈美さん

月刊大阪弁護士会の
【オピニオンスライス】作家 岸田ひろ実さん、岸田奈美さん
が,めちゃくちゃ読んで欲しい話でしたので紹介します。

リード部分を引用します
「ダウン症で知的障害のあるご長男の出産,
配偶者の急逝,ご自身の大動脈解離,
その後後遺症で車椅子生活となるも,

手動運転装置を使って車を運転し,
株式会社ミライロでのバリアフリーの調査や
ユニバーサルマナー(障害者高齢者への接遇研修)
の講師,
感染性心内膜炎による手術を経て,
独立し,
コーチング・カウンセリング,
障がい者雇用の
コンサルティング等を行う
岸田ひろ実さん,
その娘さんで著書
『家族だから愛したんじゃなくて,
愛したのが家族だった』
(小学館)が
2023年春にNHKでドラマ化された

作家の奈美さんにお話を伺いました。」

私は,岸田奈美さんは”X”をフォローしていて,
たびたび記事を読んでいます。

その書き物(主にnoteで掲載)は
躍動感あって面白くて,
元気をもらえる感じで,気に入っています。

こうやって母子が揃ってしっかりと語っているものを
読んだのが初めてで,人物像の理解が深まりました。


奈美さんが「障がい者死ね」というリプライを
”X”で送ってきた人と
対話を重ねた話を
紹介しています。

「その子は発達障がいでいじめられていた子だっんです。
それを聞いたときに,全部意味があるんやなと。
私に行っているんじゃなくて,
その人が私を通じて
何かしら自分の心の穴を
埋めようとしているんだなということに

気づいたときに,何を言われても大丈夫やねんと。
愛されない,嫌われることが怖くなったのは,
そういう経験からです。」


ひろ実さんの方の言葉も心に刻みたいものでした。

「『会社を辞めて金額が安くても仕事を続けないと』
と思って
量を取ることをしないほうが
結果長く続けられる」

「この条件でという仕事が来るまで待つ,
好きな人と好きなことだけやっていこう」
と言ってくださった。」


この言葉は,ひろ実さんが受けた言葉なのですが,

これ以外にも,ひろ実さんは,
周囲の人からかけてもらった言葉で救われた,
っていうエピソードを3つ紹介していました。
他人からの言葉を受け容れるという
素地のある方だと思ったし,

他人の言葉には人を救う力がある,ということを
改めて実感しました。


ほんとに,大阪弁護士会が
この二人にアプローチして,

そのインタビュー記事を載せてくれている
というのが嬉しくて,
繋がったのが嬉しいです♪

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マイクロ胡蝶蘭。
上手くいけば来年も花が咲くとのことで,
トライしてみたいと思っていることの一つです。

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弁護士バッジ

「弁護士バッジは、弁護士記章とも呼ばれ、弁護士の身分を証明するものです。弁護士会から貸与されるもので、常時身に着ける必要はありません. 弁護士バッジは、ひまわりの中に天秤があります。中身は銀製で、外側に金メッキがされています。弁護士バッジには登録番号が刻印されており、再交付された場合は金色になります. 弁護士バッジを身に着けるタイミングとしては、裁判所に入る際等の身分証として使用されます.」

こちらは,チャットGPTが教えてくれた回答でした。

登録したばかりの弁護士のバッジは新品でピカピカです。
しかし、長年使用を続けるとだんだんと金メッキが剥がれてしまい、銀製の部分が見えてくるようになります。
これが,「いぶし銀」の弁護士バッジの理由です。

ただ,18金製の弁護士バッジというものも存在します。
日弁連に申請し,数万円ほど払えば誰でも18金製の弁護士バッジに替えられます。

メディアにでているとある弁護士が18金製の弁護士バッジにしていました。
その理由につき,「初心忘るべからず」という
自分への戒めを込めている,ということを言っていました。

私がそこで引っかかっちゃったのは,
「初心」って忘れたくないもんなのだろうかってこと。

少なくとも,私は,登録したばかりのときより,
今の方が弁護士として良い判断ができるようになったと思う。

忘れない方がよい「初心」って,なにがあるだろう。
今も考えているんだけど,まだ思いつかない。

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ジャニーズ問題の調査報告書

「外部専門家による再発防止特別チーム」が作成した,
故ジャニー喜多川の性加害問題に関する,
ガバナンス上の問題点の把握及び再発防止策の
策定・提言をまとめた
調査報告書を読みました。

ジャニーズ事務所のHPに掲載されています。


ジャニーズ事務所が第三者委員会による調査を
実施するとニュースになったとき,

それまでのジャニーズ事務所の対応の
煮え切らなさを目にしてきていましたので,


「ジャニーズ事務所が選定・雇用した第三者委員会が,
こんな難しい課題に,
どこまで切り込むことができるんだろうか。」と
調査委員の経歴等をチェックしつつ,
半信半疑で見守っていました。


しかしながら,本調査結果は,

社会的な関心に見事に応えてくれていました。

こんな濃い調査を3か月で仕上げているなんて。
そのスピード感にまず驚きます。

41名(被害者等23名,ジャニーズ事務所関係者等18名)
へのヒアリング,
その前には,「専用窓口」等の
周知と情報収集を実施しています。

加えて,ジャニー氏の性加害に関する過去の記事,
裁判記録,社内規程等の関係書類の精査・・・。
それらを踏まえて,
問題点の分析と提言をまとめ上げています。

 

内容はめちゃくちゃ迫力があって,
法律文書としての美しさも感じましたし,
事実認定の方法を含めて,かなり勉強になりました。
引用されていた「ビジネスと人権に関する指導原則」
についても,
目を通したいと思っています。


さらに,提言については,相当踏み込んでおり,
ジャニーズ事務所の責任を
強く,厳しく求めているものでした。


まず,会社のみならず取締役の法的責任があることを
明言しています。

のみならず,役員の辞任も求めています。
「代表取締役社長からの辞任を含む解体的出直しを図らなければ,社会からの信頼を回復することは到底期待することができないことを覚悟しなければならない。」と凄みます。

加えて,被害者救済措置制度の構築を提言しています。

「被害者救済の公正,中立を図るため,補償について知見と経験を有する外部専門家からなる『被害者救済委員会』(仮称)を設置し,同委員会が被害者の申告を検討して補償の要否,金額等を判断し,不服申立てを処理できるようにすべきである。

補償金額等を判断するに当たっては,被害者が受けた性加害の態様など客観的事情を考慮して判断すべきであり,公正かつ中立的な判断を行うことができるようにするため,この種の補償に関して知見と経験を有する外部専門家(民法学者等)からあらかじめ意見を聴取した上で『判断基準』を策定しておくべきである。」

「被害者の側に性加害の事実認定について法律上の厳格な証明を求めるべきではない。」

「時効が成立している者についても救済措置の対象とすべきである」

「ジャニーズ事務所としては,被害者救済措置制度について対外的に広く公表するとともに,被害申告しても被害者の情報は守られ,安心して利用できる制度であることを確保した上でその旨を説明し,未だ名乗りを上げていない被害者が被害者救済措置制度を利用しやすいようにし,被害者を広く救済できるようにすべきである」

具体的な制度設計を提言しており,
これがまたスゴイと思いました。


そして,本件を業界の問題から紐解いています。

「エンターテインメント業界は,従来,性加害やセクシュアル・ハラスメントが発生しやすい土壌があると指摘されてきた。」

として,ワールドワイドに
性加害・性被害の実例を挙げて論証します。


ジャニーズ事務所においても,故ジャニー氏による
深刻かつ重大な性加害が長期間にわたって
可能であった背景を分析し,

「ジャニー氏の性加害は,ジャニーズ事務所において,子どもの人権を擁護するという意識が希薄であったことを背景として発生したものと考えられる」

ことを指摘しています。


そのうえで,ジャニーズ事務所に,性加害問題撲滅の

リーダーとなることを期待しています。

「それがジャニーズ事務所の「再出発」にとどまっていては足りない。
性加害も,セクシュアル・ハラスメントも,許されざることであり,人権は何より優先される必要がある。
エンターテインメント業界に性加害やセクシュアル・ハラスメントが生じやすい構造が存在しているのであれば,単に一企業体として「再出発」するというだけでなく,ジャニーズ事務所が率先して積極的にエンターテインメント業界全体を変えていくという姿勢で臨んでほしい」


第三者委員会がここまで切り込んだ調査結果に,
私は触れたことがありません。

第三者委員会として尽力した方々の
正義感がにじみ出てくるようなものでした。

第三者委員会の使命を見事に果たしてくれた,
と拍手喝采でした。

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糸井重里さんと孫泰蔵さんの対談

この糸井重里さんと孫泰蔵さんの対談の回に,
全部込められている!


これはピン留めして事あるごとに戻りたい,
戻って心に刻み直したいと思った記事でした。

「能力」と「成長」の違いっとか。「力」とか。引用。
***
「成功することだけがすごい価値だ」
みたいに成功が特別視される社会って、
まさにコロッセウムの世界で、
「勝ち残ったやつにしか存在意義がない」
みたいになる。
コロッセウムで負けた人たちって
殺されてたわけです。 
それはあまりに荒みすぎていて、
「そういう社会では
誰も幸せになれないじゃん」
と思うんです。
***
で、「孫さんほどの力は私にはないんで」と
比較されていたんですが、
「そういうふうに考えなくて
いいんじゃない?」
というのが、実はぼくが
この本を通じて訴えたいことなんです。

だから、いまの社会全体に広がっている
「力をつけなければダメだ」
というムードに対して、
ぼくはある意味「マジメか!」(笑)と
ツッコミたいくらいの気持ちがあるんです。


***引用終わり

大学進学のとき,私は、
自分で勉強を重ねて大学に合格し,
実家から大阪へと出て行く権利を勝ち取った
という気持ちでした。

これに対して,妹は指定校推薦をもらって,
たいして労力もかけず
大阪にある私立大学行きをゲットしていました。

妹の進学に対して,私は,母親に異議を申し立てました。
「努力もしていないのに,うちに金銭的余裕もないのに,
高い学費がかかる私立大学への進学を
認めるのが納得がいかない。」

それに対して,
「あなたが大阪に行ったときには良いといって、
妹はだめとは言えないでしょう」と母から諭されました。
母は,学力レベルの高い低いとかは関係なく,
妹の希望は叶えられるべきものだという価値観でした。

そりゃそうだね,今なら分かります。
今思えば、二十歳前後の私は,
ずいぶんとさもしい考え方をしていたなぁ
と振り返っています。

性格わるいなぁと思うけど、それくらい、
「能力信仰」に毒されていたってことなんだと,
今はアクセプトしています。

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「自立とは依存先を増やすこと」

今私の関心を寄せているのが,熊谷晋一郎さんです。
Wikipediaの情報によると
「日本の医師、科学者。専門は、小児科学、当事者研究。
博士(学術)(東京大学・2014年)。東京大学先端科学技術研究センター准教授。
山口県新南陽市生まれ。新生児仮死の後遺症で脳性麻痺となり、車椅子生活を送る。
小学校・中学校と普通学校で統合教育を経験し、
山口県立徳山高等学校、東京大学医学部医学科を卒業。
小児科医として病院勤務を経て2015年より現職。」とのことです。

きっかけは,YouTubeの『ニュースピックス』で
落合陽一さんと対談していた動画を見て,
その主張内容がギュイーンと心に刺さったことにあります。
「自立とは依存先を増やすことである」というアイディアを説明していました。
東日本大震災で,エレベーターが動かなくなったことで頭が真っ白になった。
電動車椅子(200㌔)をあきらめて,同僚に連れられて,階段で避難した。
この点で,いわゆる健常者は,エレベータと階段というものに依存しているともいえる。
避難先にたどり着いたとしても,電車は動かない,あらゆるものがストップしている。
動けない状態は健常者も同じだった。

健常者の方が,より依存しているんではないか。

奇しくも,『冒険の書』にも,熊谷晋一郎の考え方が引用されていました。
それから熊谷晋一郎さんの出ている『TED』やインタビューをYouTubeで観ました。
パートナーの綾屋紗月さん(アスペルガー症候群当事者)の『TED』も観て,
当事者は生活の中でどう感じているのか,着眼点のヒントも得ることができました。

熊谷晋一郎さんは,依存先が母親だけだったころ,
「母子関係は差し迫ったものだった」と話していた。

それが,東大で上野 千鶴子さんに母への思いの丈をのべたところ
「母の気も知らないで」でと言われたとのことです。
それから,母の立場から,女性が置かれている立場に
思いを馳せることになったという
エピソードを紹介されていました。これも心に残りました。

「母子関係は差し迫ったものとなる」というのは,
子どもの立場からすると,障がいをもつ,もたないにかかわらず,
あり得ることだと思います。

熊谷晋一郎さんのインタビュー記事で,その思想の片りんが
理解できる記事がありましたので,引用します。
※HNKハートネットTV 2020年6月1日放送
「インタビューシリーズ『コロナの向こう側で~熊谷晋一郎さん~』」
(情報は放送時点でのもの)
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/364/
***
「『本人の自己責任でその属性になったんでしょ』と、
間違って信じられている属性。
本人ではどうしようもない様々な偶然性や社会のプレッシャーによって
その属性に押し込められているにもかかわらず、
あたかも本人の選択でその属性に陥ったと
過度に間違って信じられている属性は、
差別の対象になりやすいという知見があります」(熊谷さん)

「自立している状況というのは、何者にも依存しないのではありません。
少数の者に依存するのも違います。
なぜなら少数の者から裏切られたらひとたまりもないから、
それは自立とは言えないわけです。
そうではなく、ひとつのものから裏切られても大丈夫なほどに、
たくさんのものに依存している状況が、
自立するためにとても重要だというのが、
これまで発信してきたことです。」
***
熊谷晋一郎さんの本も注文したので,
読了したらまた感想をシェアしたいと思います。

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『冒険の書』

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『ほぼ日』で連続起業家の孫泰蔵さんと
糸井重里さんの対談があっていました。


私は,孫泰蔵さんの『冒険の書』が
発売された頃に動画をいくつか見ていました。


動画では,教育関係者から
「禁断の書」との評価を得たとのことで,
印象に残っていました。
ただ,一通り動画をみたので
まぁ良いかって完了していました。

ほぼ日の対談を読んで,
いくつか刺さる孫さんの考え方に
触れたことをきっかけに,
本を注文し2日で読み終えました。
とても読みやすかったです。

 

ザ・正論。

何のために教育はなされるのか。
学校の存在意義を問うものでした。
学校のシステムがどうやってできあがったのか。
「遊び」と「学び」と「働き」を区別したことで
全部つまらなくなった。


子どもと大人を区別したことで
社会は貧しくなった。


能力,才能,素質,適正などの言葉は
やる気や自信を失わせる。百害あって一利なし。


学校は,「役に立つ」ために能力をつけさせる。
役に立たないものは意味がないとされている。

ですが,その基準は?
「無用の用」「悪人正機」

思想家と対話を繰り返しながら,
本質を掘り下げていきます。


そして,我々に必要なのが,
「核心を突く良い問いを立てること。」
「行動すること」

結果として問題が解決している。それがイノベーション。


他人の評価など全く気にせず,
むしろ無視しなければならない。


みんなが同じように考え,
同じ行動をするから,
世の中に多様性がなくなり,

同調圧力が強まっていく。
それが思考停止を感染させる。


最も心に刻んでおきたい言葉

「世の中に役に立たないものなんかない。
ものの見方を変えて自分が変わることが出来れば,
意味はいつだって変わる。

その結果,何が役に立つかは分からないのだから,
ただひたすらあらゆることを楽しむ姿勢が大事。

つまり,私たちは,
好きなことだけして生きていくべきなのです。」

この言葉に,びっくりしますよね。
でも,読み進めると,
これが腑に落ちるんです。

私もそういうふうに生きていきたい,
そういうふうに子どもたちと関わりたいと思います。


私に必要なアンラーニング。

 

最近,自分が情報として取り込んでいるものが,
どんどんつながっている感触があります。

どこに向かっているのかはわからないんだけど,
つながっていくところに,
核となる大切なものがある気がしています。

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ヒステリックグラマー

服のブランド「ヒステリックグラマー」の絵に,
改めて不快感を感じています。

特に,「バッドガール」が
胸をさらけ出している絵,煙草を吸っている絵。

ヒステリックグラマーって,
我々世代が高校生のときに流行ったブランド。

Wikipediaによると,日本のブランドらしい。
(株)オゾンコミュニティって。懐かしい。
Z世代にレトロブームの流れで
取り入れられているとか,いないとか。

女子高生だった当時は,
ふつうなら高価で手が出ないブランドだった。

これを着ている人はオシャレ扱い。
私は,当時から,ヒステリックグラマーの良さは
理解できなかったんだけど,

それを正面切って変だとか
言ってしまうとダサい認定されるから,
共感のフリ,分かるフリしていた。


でも,当時から違和感はもっていた。

胸が強調されて,スカートからパンツがみえそうな絵。
そんな絵が
Tシャツにあしらわれている。
そんな女性の姿を堂々と
Tシャツにプリントできるっていう点で,

女性をそんなふうに扱ってよいという
承認を与えていることになるんじゃないか。


友人と意見交換した。
「他人の価値観も多様。
こちらの価値観でわいせつと思うものは
社会内に散在しているのだから,

一つ一つに目くじら立ていてはきりがない。
子どもたちにとっては,
それらに慣れることも一つの学習。」

との意見があった。


でも,嫌なものは嫌。

内田舞先生の『ソーシャルジャスティス』を読んで,
改めてそこに潜んでいるジェンダーバイアスは
指摘していっていいんだって思った。


「“Silence is Complicity ”(沈黙は共犯)」

そんな価値観を子どもたちに見せたくはない。

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『ソーシャルジャスティス』

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内田舞さんの『ソーシャルジャスティス』を
「スローリーディング」していました。

久々に,ペンで線を引いたり,
ドッグイヤーをつけたりしながら読みました。

いろんな視点を提供してくれる本でした。


この本を読むこと自体に,
カウンセリング効果がありました。
やっぱり変だと感じたことを
変だと思っていいんだ,とか。

私もこういうことあった,とか。
あの違和感を私も流していた,とか。

振り返りの多い本でした。

私の心に刺さったものを
一部ここでメモしておきます。

やっぱり,アメリカにおける
子どもの教育現場の紹介は心に留まりました。

・子どもの同意教育
「アメリカでは,親と子供は独立した個人。
子どもが親と違う意見を持った時にも,
子どもの意見は子どもの意見としていったん受け止め,
もし結果的に子どもの選択が良くない方向に向かっても,
失敗に自身で対応することも
子どもの人生の一部だと考える親も多いのです。

また,最終的に親の意見を子どもに聞き入れてもらう場面であっても,
どうしてそのような意見を持つのかを
親子の間で話し合う姿勢が中心にあると感じています。」

・子どもの親が学校に働きかけるアドボカシー
「アドボカシーは対立姿勢を鮮明にしたり怒ったり,
ケンカしたりすることとは違います。
学校の運営の件について言えば,
校長先生や運営に関わる先生たちと
相互にコミュニケーションできる雰囲気の中で,
あくまで「こうして欲しい」という日常会話として
伝えることができていました。

要望が聞き入れられる場合もあれば,
聞き入れられない場合はなぜできないのかの説明がある。」

「これも親子の間における「同意」と同じで,
学校と保護者との間に
日々のコミュニケーションがあることが
基盤になっています。」

「同意とは,自分の身体や意思は自分の物」という
自分を尊重する力を与えてくれるものであると同時に,
「相手の身体や意思は相手の物」と
相手をリスペクトすることです。

そのような自分と相手へのリスペクトを持ちながらの
コミュニケーションこそが
アドボカシーの本質なのだと思います。」

こういうことが実現できていけば良いなと思いました。
家庭でも,学校でも。

生徒指導提要でも,
「自己指導能力」というキーワードが

挙げられていました。
子どもが自分で何をすべきか決め,
それが尊重されること,

周囲の大人からはそれがサポートされることが,
当たり前になっていって欲しいです。

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